日本のプロフェッショナル 日本の会計人

渡邊 勇教(わたなべ たけのり)氏
税理士法人ゼロベース 共同代表
公認会計士・税理士
1982年、北海道帯広市生まれ。立命館大学卒業。2007年、公認会計士試験合格。同年、監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)入所。2014年10月、かぜよみ会計事務所を設立。2016年、スピリタスグループへジョインするべく、スピリタス会計事務所へ改名。2018年4月、同グループ脱退。2018年5月、株式会社ゼロベース×渡邊勇教会計事務所に名称変更。2023年9月、税理士法人ゼロベースとして法人化、代表社員就任。
世の中の「当たり前」を疑うことから、
「顧問料を前提としない会計事務所」が始まりました。
会計事務所の実務経験ゼロ、顧問先ゼロで独立開業した公認会計士・税理士の渡邊勇教氏は、会計事務所の常識を疑うことからスタートした。「顧問料を前提としない会計事務所」で打って出た渡邊氏は、世の中の荒波をどう乗り越え、台頭してきたのか。32歳で独立開業して11年目。既成概念にとらわれないプロフェッショナルにうかがった。
誰もができるものじゃない「何か」をやりたい
北海道に生まれた渡邊勇教氏は、中学時代はバドミントンに没頭。学年3位だった成績も200人中70位までダウンした。それでも高校は帯広のトップ校に入りたいと目標を掲げて猛勉強し結果は合格。当時、札幌にあった立命館大学の付属高校である立命館慶祥高等学校も同時に受験。どちらに進学をするかを検討し、想像していなかったチャレンジに希望を抱き、立命館慶祥高等学校への進学を決意する。
「そのような経緯で、高校受験だけを目標に勉強をしてきたため、高校進学後は燃え尽きてしまいました。将来の夢があったわけでもなく、何のために勉強するのかわからないまま、悶々と過ごしていたのが高校時代です」
経営学部と経済学部の違いもよくわからなかった高校時代、「経営がおもしろそうだな」と立命館大学経営学部に進学を決めた。
渡邊氏の父親は、口はあまり出さずにお金を出してくれる、やりたいことをやらせてくれる人だった。
「その父から経営学部なら公認会計士(以下、会計士)をめざしたらよいのではと助言をされて。きっかけを与えてくれたのは父です」
大学1年生の終わりから会計士受験を始めたものの、勉強量の多さに圧倒され、大学3年生の春に一度は受験を断念。方向転換して、夏休みの3週間、インターンシップとして東京・新宿の百貨店にあるセレクトショップの店頭に立った。
「『このブランドはありますか?』と聞かれても、そもそもそのブランドが何かも知らないし、あるかどうかもわからない。まったくブランドを知らない私より、質問した人のほうが全然わかっているのに…と思いつつ対応していました」
そのとき「誰もができるものじゃない、自分が得意な何かをやりたい」と、ふと思い至った。
「それなら資格を取るしかない。きっと父親も喜んでくれる。もう1回、会計士の勉強をがんばってみよう」
こうして大学3年生の秋からTACで学び始めた渡邊氏は、2年目の短答式試験、3年目の論文式試験に合格して会計士試験を突破した。25歳のときだった。

自分の名前で食べてみたい
会計士試験に合格した渡邊氏は、いち早く内定をくれた監査法人トーマツに入所。7年間、上場、非上場あわせて延べ50社の国内監査に従事した。
「5年を節目に、残りたいのかやめたいのか考えてみたら、やめるにしても何がしたいのか、何もないことに気づいたんです。そこで、さらに2年間自分に猶予を与え、異業種交流会に参加したり、転職サイトを見たり、トーマツ内で部署異動もしてみました」
いくつか試した中で、「やはり自分の名前で食べてみたい」という気持ちが強いことに気がついた。
「それなら独立しよう」
渡邊氏はトーマツを退職。2014年10月、ゼロベースの前身である、かぜよみ会計事務所を開設した。
実務経験、顧問先ゼロで会計事務所を開業
会計士受験時代に租税法の勉強はしていたものの、会計事務所での勤務経験をしないままスタートした渡邊氏は、開業当初を次のように振り返る。
「会計士試験で租税法を勉強しましたが、いわばペーパードライバーと同じです。ルールは知っているし、監査をしていたので法人税の申告書は読めます。でも、記帳をしたことがなく、仕訳は切れないし、所得税の申告書は書けません。もちろん会計ソフトの使い方もわからない。顧問先はゼロです。自分の知らなさに、どうするんだろうと驚きました(笑)」
開業1年目、知人から「渡邊さんよかったらバイトしない?」と仕事を紹介された。産休に入る記帳代行担当の代打だ。
「一応私、会計士なんですが、と言いつつ、記帳代行の女性スタッフに教わりました。しかも、時給は1,500円です」
これは貴重な体験だった。最初はミス連発だった渡邊氏も、徐々に「なるほどこうやって帳簿はつけるんだ」と、税務実務を理解していった。
渡邊氏は、会計事務所の代表としての顔だけではなく、LGBTQ+の当事者として自身のセクシュアリティがゲイであることをカミングアウトしようと決めていた。性的マイノリティの方々を支援するNPO法人に所属し、企業での講演会なども実施。また、クライアントへも機会をみて説明をすることを心がけ、「性的マイノリティの人が身近にいる」ということを伝えていくこともひとつの生きがいにしている。
「クライアントのうち約半数には僕のセクシュアリティを説明しています。契約のときにきちんとカミングアウトしたからです。でも、仕事とセクシュアリティは関係ないので、『なぜわざわざ言うんですか?関係ないですよね』と言われましたが、僕が大切にしていることなので、お伝えできる機会ではしっかりとお伝えするようにしています。ひとり草の根活動として、チャレンジを続けていきたいと思っています。続ける理由は、当事者の中には自分からは言えなくて苦しんでいる人がまだ大勢いることを知り、ひとりでも似たような立場の人が暮らしやすく、働きやすくなればと思っているからです(もちろん、セクシュアリティを詮索したり他人に言いふらしたりするようなアウティング行為はダメです)」
開業が縁でLGBTQ+関係のNPO法人に参加した渡邊氏。そこからもクライアントが広がり、現在は大手企業のセッションでLGBTQ+関係の発表をする機会も増えている。

顧問料を前提としない会計事務所
渡邊氏は独立準備の3ヵ月間、事務所のビジネスモデルを模索してみた。経験がないから、普通の会計事務所のサービスがどういうものかまったくわからなかったからだ。インターネット検索で調べると、多くの事務所が決算料と顧問料の組み合わせでサービス提供している。1社月3万円の顧問料に決算料を別途もらえば1年で1社約50万円になる。
「お客様が10社あれば約500万円。自宅の一室なら経費がかからないし、パソコン1台あれば何とかやっていけるな」と踏んだ。
それと同時に「そもそも顧問料って何に対する費用なんだろう?」という疑問が解けなかった。調べてみても答えは見つからない。知り合いの税理士に聞いても、納得がいく答えは返ってこなかった。
「監査法人が対応するほどの大手企業の場合、新しい取引や税務判断が必要な場面がしばしば出てくるので、毎月専門的なアドバイスをする月払い顧問料は納得できます。
でも、会計事務所が対峙するのは街の飲食店などの中小企業。多分毎月やることは一緒だろうし、年末調整と決算以外に専門的な助言の必要性はないだろう。結局、自分で納得できず、何だかわからないお金をもらうのは気持ち悪いなと思いました」
とはいえ顧問料がないと、10社500万円モデルは一気に崩れる。
「そこで思いついたのがクラウド会計ソフト『freee』の導入支援です。3ヵ月だけ基本的な操作、特に月次決算のやり方をレクチャーして、4ヵ月目以降はお金はいらないので帳簿入力はお客様自身にやっていただく。『決算期の帳簿チェックと申告期はサポートするので、戻ってきてくださいね』と言うことにしたんです」
freeeの導入支援を始めてみると、「freeeを使いたいけど今の会計事務所は対応していない」「freeeを使える会計事務所を探していた」という会社から、導入支援の依頼が舞い込み、想像以上に導入支援サービスはヒットした。
そんな開業当初のかぜよみ会計事務所のモットーは「顧問料を前提としない会計事務所」になった。
「freee導入支援のクライアントは3ヵ月で手離れしていきましたが、7〜8割が決算期、申告期に戻ってきてくれました」
4ヵ月目以降の誤算
freee導入支援のモデルを続けていくうちに、渡邊氏はある誤算に気づく。それは4ヵ月目以降にあった。
「最初の3ヵ月間、密にミーティングして経費精算の仕方を聞くと、従業員20人が20人、エクセルに入力、それを見ながら経理担当者が入力すると言います。
『エクセルで請求書を作ってfreeeに取り込んだら終わりですよ。売上もエクセルの請求書を作って集計したデータをfreeeに取り込めば終わりです』
そう話しても経理経験のない人が継続してfreeeで入力するのはかなり難しかったんです。何より、業務改善の話をすると『4ヵ月目以降も渡邊さんと毎月話したい』と口々に言うんです」
4ヵ月目以降いくらもらえばよいのかわからなかった渡邊氏は、「1万円、1万5,000円」と適当な金額で受けた。
「中小企業の場合、月次でやることは同じで『相談はないだろう』という、私の前提が間違っていたんです。例えば、税務署から書類が届いたけどどうしよう。納税証明書はどうやって取ったらいいのか。調べればわかるようなことであっても、皆さん事務所を頼って相談してくださるんです。それが会計事務所なんだなということにやっと気づきました」
プロのお墨付きが欲しい。大丈夫と言ってもらって安心したい。そのニーズの高さに気づいた渡邊氏は、それからは顧問料をもらうサービスを始めた。
2つ目のピラミッド
かぜよみ会計事務所は開業2年後、スピリタスコンサルティンググループにジョイン。スピリタス会計事務所に名称変更したが、方針の違いで2年後の2018年4月に脱退。2018年5月、株式会社ゼロベース×渡邊勇教会計事務所となった。末広町、代々木、初台さらには水道橋。オフィスも移転し、2023年、公認会計士・税理士の浅野寛之氏のジョインにより税理士法人化し、税理士法人ゼロベースとなった。
共同代表の浅野氏はトーマツ時代の知り合いだが、この浅野氏のジョインで、渡邊氏にとっての第二の誤算が発覚する。
「私たちのビジネスモデルの場合、どうしてもピラミッドを作らないと成り立ちません。それまで7人でやっていた私ひとりのピラミッドの他に、もうひとつピラミッドがないと成り立たなくなったんです。思っていたより組織的運営も事務所も人も必要になりました」
浅野氏がジョインした2023年からはfreeeからの送客も受け、正社員も増員し、人事制度も構築して、工数管理もリニューアル。規模もさることながら、売上も倍増している。
▲共同代表である公認会計士・税理士の浅野寛之氏とBPOと財務アドバイザリー+freeeの導入支援で展開
渡邊氏が今考えているサービスは、税務顧問にとどまらない未来を中心とした会計/財務を展開する財務アドバイザリーとfreeeの導入支援、経理のBPOサービスだ。中でもBPOは記帳代行以上にやりたいと意欲を燃やす。その裏には「税務顧問はなくなる」という予測がある。
「専門家ですら質問されたらAIで調べる時代。税務がわからない人がAIに質問し、質問が適切なのか、出てきた回答を鵜呑みにしていいのかがわからないから、私たちの存在意義があります。でも近いうちに『ゼロベースに適した税務提案を出して』と言ったら、AIから適切な回答が返ってくるようになるでしょう。
そうなれば、日常的な相談への対応や記帳代行、給与計算……今の中途半端な税務顧問サービスはなくなると思うんです。
これからの会計事務所が税務顧問と財務アドバイザリーの2つだとしたら、税務顧問の帳簿チェックや試算表作成は、数字をクラウドでリアルタイムで見るサービスになります。
一方、予算管理をしっかりやりましょう、モニタリングしていきましょう、新規案件に対するジャッジメントをしましょう、といった経営者の壁打ちができる一定の層、いわゆる知見のある人なら成り立つ財務アドバイザリー。ビジネスモデルはこの2つのサービスに二極化していくでしょう。
そして、この2つのサービスを明確に棲み分けしたいので、BPOと財務アドバイザリー、加えてfreeeの導入支援の3軸で展開していきたいと考えています」
今はクライアントに壁打ちに付き合ってもらいながら、どのようなサービスがいいかを模索している。
「客観的な数字に基づいて現状を評価し、未来の可能性とリスクを示唆してくれる『数字の読める占い師』。私が求められているのはそこだと強く感じます。その価値に対してクライアントは対価、つまり、顧問料を払うことに意味を感じている。このサービスを財務アドバイザリーという名のもとに展開していきます」
渡邊氏は、クライアントにとって何がよいサービスかを常に考えている。AIの進化に伴うサービスの分岐点に立った今、渡邊氏、浅野氏ともうひとりの会計士3人、総勢13人体制で、サービス内容の見直しを進めている。

組織運営も採用も死ぬ気のゲーム感覚で
「最終的には、浅野氏が率いるチームが大きく成長し、私はその外にいながらも創業者として適切な利益を得ることが最終的な目標です」と、渡邊氏は屈託ない。
独立から10年。5年後、10年後もやっていることは変わらないと断言する。
「事務所をやっているのも、人を採用するのも、仕事というよりゲーム感覚。一生懸命、まじめに、死ぬ気でゲームをやっています。私がいなくてもスタッフがお客様から必要とされて、対外的、対内的な課題を解決できて、強い組織ができるのが私の目標。皆が食べるのに困らないスキルが身につくようになってほしいし、もし私が死んでも他で必要とされる人材であってほしい。そのような気持ちで事業をしています」
そのために今、渡邊氏のマインドをスタッフに伝え、「ゼロベース」という文化を作り、人の採用と新規顧客獲得に奔走する。
求めるのは「既成概念にとらわれない人材」
「ゼロベース」。この言葉の意味を渡邊氏は「世の中の『当たり前』や常識を疑い、『そもそも、なぜこうなっているんだろう』『おかしいのではないか』と本質を考える姿勢」だと説明する。
渡邊氏にとって監査は、自分が正しいと思う数値化に対して「おかしい」と思えるかどうか。その練習をずっと繰り返す感覚だった。
「定量的に数字の概念で捉えるときも、サービスひとつ考えるのでも、『こういうものがあるべき。でも、今はこれが違ってここを改善すべき。そのためには何が足りないか』と考えるプロセスを、会計士になることで得られました」
求めるのは「当たり前」を「おかしい」と思える姿勢だ。
「例えば、ビジネスで粗利(売上総利益)がマイナスになることはない。言われたデータで入力して粗利がマイナスになったら『おかしい』と思う。そこの違和感がなければクライアントと対峙できないんです。
税金の計算は誰がやっても一緒。別にうちじゃなくてもいい。そもそも会計って何のためにあるのか。それは税金計算のためだけじゃない。そこがわかる人材を求めています」
最近、セクシュアリティについてまだまだ苦しんでいる人がいることに気がついた。
「発信できる人が胸を張って発信し続けることは大切だと感じて、『ひとり草の根運動』は続けます」と笑顔を見せる。
世の中の「当たり前」を疑うことから「顧問料を前提としない会計事務所」は始まった。ビジネスもプライベートも既成概念にとらわれない。そんな渡邊氏の挑戦を、これからも応援したい。
[『TACNEWS』日本のプロフェッショナル|2025年11月 ]
















