LET'S GO TO THE NEXT STAGE 資格で開いた「未来」への扉 #51
石井 奈緒(いしい なお)氏
大手監査法人勤務 公認会計士
1995年、鎌倉生まれ。慶應義塾大学商学部在学中に公認会計士試験に合格し、卒業後は大手監査法人に就職。2021年4月に修了考査に合格し、本格的に公認会計士としてのキャリアをスタートさせる。現在は上場企業や公的機関の監査を担当する傍ら、実務補習所の講師や中学校でのキャリア教育で会計士の魅力を伝える授業も行うなど、精力的に活動。
【石井氏の経歴】
2014年 18歳 慶應義塾大学商学部に現役で合格。公認会計士を志し、受験指導校に通いながら学生生活を送る。
2015年 19歳 ミス鎌倉に選出される。観光大使としての活動やアルバイトが忙しくなり、試験勉強がおろそかに。
2016年 20歳 観光大使の活動での出来事をきっかけに、勉強中心の生活にシフトチェンジ。
2017年 21歳 公認会計士試験に合格。翌年大学を卒業し、大手監査法人に就職。
2021年 25歳 修了考査に合格し、公認会計士の資格を取得。順調に会計業界でキャリアを積んでいる。
「逃げずにやり抜く」と決意した資格取得が人生を支える礎に。
自ら道を切り拓く女性公認会計士は、新時代のロールモデル。
ミス鎌倉に選出された経験を持ち、慶應義塾大学在学中に公認会計士試験に合格。新卒で大手監査法人に就職し、監査業務やリクルーターとしての活動に勤しむ傍ら、趣味のスノーボードや音楽ライブ遠征を楽しみ、美術大学の社会人講座にも通う――。一見華やかで順風満帆な人生を送っているようにも見える公認会計士の石井奈緒氏。しかし、その過程には迷いや不安、つらい決断とストイックな努力の日々があった。そんな石井氏に、資格取得をめざしたきっかけや、受験生時代、監査法人での活動や今後の展望についてお話しいただいた。
「正義の味方」に憧れ検事を夢見た幼少期
現在、大手監査法人に勤務する公認会計士(以下、会計士)の石井奈緒氏が生まれ育ったのは、山と海に囲まれた美しい古都・鎌倉。母と祖母は美容師・着付師、父はシステムエンジニア、祖父は映画の照明技師――。そんな環境の中で育った石井氏は、将来は手に職を付けて働くイメージを自然と抱くようになっていたという。「小さい頃は、『美少女戦士セーラームーン』のような正義の味方に憧れていました。また、当時裁判をテーマにしたゲームや弁護士が出演するテレビ番組が流行していたこともあり、まず弁護士に興味を持ったのです。そうして法律系の職業について調べていく中で、将来は検事になりたいと思うようになりました」と石井氏は振り返る。大学進学に際しては法学部を中心に受験。しかし、第一希望の法学部には合格できず、悩んだ末に商学部に入学した。
「商学部から司法試験をめざすことも不可能ではありません。ただ、学業との両立や取得までにかかる年数を考えると厳しいだろうと思いました。そこで、同じ国家資格であり商学部生でめざす人が多いという会計士の受験指導校に行ってみたのです。話を聞くと、2~3年で試験の合格をめざせそうだったのと、数字を見るのが得意だったこともあり、『これだ!』と感じました。大学受験での不完全燃焼感もあって、在学中は何かにチャレンジしたいと思っていた私に、一生ものの資格を取るという目標はとても魅力的に映りました」
観光大使任命をきっかけに一度フェードアウト
かくして、石井氏の会計士への挑戦は始まった。当初は大学の勉強と並行して週1~2回講義に通っていたが、なかなかモチベーションは上がらなかったという。
「もともと会計士の仕事そのものに惹かれたわけではなく国家資格を取得することが目標だったため、あまり勉強内容に興味がわかず、学習習慣も身につきませんでした。そんな中、大学2年生でミス鎌倉に選出され、観光大使に任命されたんです。毎週イベントに参加することになり、美容などの自己投資のためにアルバイトも増やし、自然と勉強から気持ちが離れていってしまいました」
周囲に学生生活を謳歌する友人たちが溢れる中、ストイックに勉強に打ち込むのは容易ではない。まして観光大使として足を踏み入れた世界は、今までにない刺激的な経験と驚きに満ちていたことだろう。勉強以外の時間が増えていくにつれ、模擬試験や答練(答案練習)の成績は下がり、徐々に勉強から離れていったという。
一念発起し勉強に集中。すべてを捨てて試験に挑む
もう資格取得は諦めよう…。そんな相談を家族と何度もしていた頃、ある出来事が起こった。
「鎌倉花火大会が、補助金を受けられず中止になるかもしれないという話を耳にしました。観光大使として活動していても、自分の力では何もできないことに無力感を覚えましたね。この出来事を機に、もっと社会のしくみを理解し、変革を起こせるような実力をつけたいと強く感じたのです」
これをきっかけに、彼女の生活は一変した。
「税理士やファイナンシャル・プランナーなど他の資格取得にシフトする道も考えました。でも、『一度土俵に乗ったことを最後までやり切らず諦めると、一生のコンプレックスになる』という言葉をたまたまSNSで見かけて。そのとき、将来『会計士』と耳にするたびに後悔したくないと強く思い、会計士にもう一度チャレンジしようと決心しました」
悩みに悩んだ末に年明けから受験指導校に戻り、同年5月の短答試験に向けて再スタートを切った石井氏。アルバイトもやめ、友人との交遊も絶って勉強に打ち込む日々を送った。
「とにかく誘惑を断ち切るのが大変でした。勉強中に触らないようにスマートフォンを家に置いて校舎に行ったり、お昼ご飯は10分で済ませたりと、かなりストイックでしたね。観光大使の任期が3月まで続いたので、原価計算基準を持ち歩き、イベントの待ち時間で読むなどの工夫もしていました。友人の誘いやゼミの飲み会も断り、自分を追い込みました」
勉強時間は平日で7~8時間、週末も4~5時間、合計で週40~50時間。さらに試験直前は週70時間にものぼったという。答練後の順位表を見て一喜一憂しながら受験指導校の友人と切磋琢磨した石井氏。短期間で臨んだ5月の短答試験は惜しくも不合格だったが、努力の甲斐あって12月の短答式試験、翌8月の論文式試験で見事合格を果たした。
監査法人に就職し様々な業務で経験を積む
卒業後の就職先に選んだのは、大手監査法人、いわゆるBig4の一角だった。
「DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルーシブネス)推進や若手人材の活用に積極的なところに魅力を感じて入社しました。入社当初は監査の何たるかもよくわかっておらず、日々必死に業務をこなす毎日でしたね。でも、リクルーターをはじめ様々な業務を任せてもらい、組織の中で経験を積むことができました」
2021年には修了考査に合格し、本格的に会計士としてのキャリアをスタートさせた石井氏。
「監査の仕事はYES・NOを伝えるだけではダメで、コミュニケーションがとても重要です。企業からすると外部の人間ですが、トップの方や担当者とディスカッションやヒアリングを重ねるため関係性が近くなり、内部事情にも詳しくなります。会計士は、距離が近いけれど、客観的に会社を見ているパートナーとして企業に伴走する立場。資料や数字を見るだけではなく、人を相手にする仕事なのだと感じます。特に、不正が起こらないように企業の内部統制にアドバイスしたり、ミスが起こったときに二度同じことが起こらないようにするしくみを作ったりすることなどはやりがいがあります。幼い頃に憧れていた正義の味方は悪者を倒して終わりでしたが、会計士となったことで、悪事はその当事者のみの責任ではなく、様々な要因が重なった結果起こると知りました。今では、不正やミスを事前に予防してあげられるようなしくみを作ることが大事だと痛感しています」
現在は、主に上場企業や学校法人、病院などの監査業務にインチャージ※として携わっている。また法人内でのDX推進部署も兼務し、デジタルツールの導入推進、デザイン思考研修の監修、定期採用のリクルーターなど幅広い業務を担当。さらに母校の大学での講師や、実務補習所での講師も行っている。
※インチャージ:現場スタッフを取りまとめるプロジェクトの責任者。主査、主任とも呼ばれる。
会計士に求められるのはチャレンジ精神と率直さ
多岐にわたる業務をポジティブにこなす石井氏に、どんな人が会計士に向いているのかを尋ねた。「一言で表すと、新しいことを吸収するのが好きな人でしょうね。会計基準は本当に難しく、何度読んでも理解に苦しむものも多いです。会計士は資格を取って終わりではなく、ずっと勉強の日々が続きますから、新しいことに興味を持って取り組める人が向いているのではないでしょうか。また、素直さも大切です。立場上『先生』と呼ばれ頼られることは多いです。でも、私は自信がないときは絶対に自分だけで答えを出さず、チームメンバーや同法人のプロフェッショナルに相談してから回答するように注意しています」と石井氏は答えてくれた。どんな仕事にも共通するが、監査業務でも欠かせないのはクライアントとの「信頼関係」。良い信頼関係は良い協力関係を生み、結果として仕事のクオリティを上げることになる。実際にそれが新たな契約や、海外対応など事業の広がりへつながっていったという。
会計・監査の専門性とともにソフトスキルを磨いていく
描いているキャリアプランについて、石井氏はこう語る。
「3年前にシドニーオフィスでの研修に参加した際、データサイエンティストやデザイナーなど、様々なバックグラウンドを持つ人たちがチームで監査を行っているのを目の当たりにし、衝撃を受けました。これはクライアントのビジネスが複雑化し、データ自体の取引量が急増したことで、会計士だけでは対応できなくなっていることが理由です。日本でも最近は会計以外の専門家との協業が進んでいますが、今後、そういった多くの人たちをまとめあげ、協力してプロジェクトを進めるための能力が必要になると感じています。チームをまとめるリーダシップやファシリテーション能力、数字ではなくビジュアル的に理解を深めるデザイン能力などを身につけていきたいですね」
専門性とともに幅広いスキルを磨き続ける石井氏だが、最終的な目標は「すべての大人たちがわくわくしながら生きていける世の中を作ること」だという。
「現在、会計士全体のうち女性は2割と、決して多くはありません。でも、少なくとも自分が楽しそうに働く姿を見せることで、会計士をめざす女性が増えるといいなと思っています。今後どんな道を選んでも、どんなライフイベントが待っているとしても、磨いたスキルや経験は必ず糧となるはずです。自分自身が先輩会計士の姿を見て勇気づけられているのと同じように、私もいつか誰かのロールモデルとなれるよう、いつまでもわくわくしながら働き続けたいですね」
諦めずやり抜いた経験が自分を強くしてくれる
最後に、資格取得をめざす人たちへのアドバイスをうかがった。
「資格を取る前の自分はいつも不安で、本当にやりたいことに対しても、素直に向き合うことができませんでした。でも、1つのことを逃げずにやり切った経験は自分を内面から強くします。人と比較して不安になるようなこともなくなります。今は幸い金銭面での不安も解消され、週に一度デザイン経営を学びに美術大学の社会人講座を受講したり、好きなバンドのライブイベントに遠征したりと、自分の好きなことや興味を追求できています。自分の人生の舵取りを自分の意志でできることは、生きる上で大切だと思います。資格がすべてではありませんが、努力して達成することはその後の人生の礎となるはずです。皆さんのチャレンジを心から応援しています!」
[『TACNEWS』 2023年5月号|連載|資格で開いた「未来への扉」]