特集 企業内で資格を活かす~不動産業界で役立つ資格とは~

伊部 尚子(いべ なおこ)氏
Profile

伊部 尚子(いべ なおこ)氏

株式会社ハウスメイトマネジメント
ソリューション事業本部 コンサルティング営業室

1971年生まれ、長崎県出身。全国宅地建物取引業協会連合会 居住支援研究会委員。
地域密着の不動産会社で働いたのち、 2000年にハウスメイトグループに入社。仲介営業、仲介店長、管理の現場担当を経て、同社女性初の管理支店長に就任後、管理契約受託営業を経て現職。現在は管理物件オーナーの資産承継、相続支援を中心とした相談業務全般を行っている。保有資格は公認不動産コンサルティングマスター、CFP®、 上級相続支援コンサルタント、賃貸不動産経営管理士など。

非婚化や晩婚化の進展、生涯を通して賃貸住宅に住み続けたい層の増加などにより、賃貸不動産のニーズは以前よりも高まっている。2021年4月には、不動産関連の資格試験において「賃貸不動産経営管理士」が新たに国家資格となった。今回は、女性管理職のパイオニアとして活躍している伊部尚子さんを取材。賃貸不動産管理業界で働く楽しさや、賃貸不動産経営管理士資格を取得するメリット、少子高齢化社会の中で賃貸住宅の付加価値をどのように作っていくかなどについて語っていただいた。

業界の全体像をつかめる「賃貸不動産経営管理士」の資格

──現在、賃貸不動産管理業界で住宅オーナーの経営サポートをされている伊部さん。不動産業界で仲介、管理、管理受託営業など幅広い業務を経験し、数少ない女性管理職として早くから活躍されています。各種資格も節目ごとに取得し、活用されてきたそうですね。賃貸不動産経営管理士(以下、賃貸管理士)の資格はいつ取得されたのでしょうか。

​伊部 賃貸管理士が国家資格になるより前の2015年に取得しました。当時の私は、すでに不動産仲介の仕事を8年、賃貸不動産管理の仕事を10年と、不動産業界で計18年のキャリアがあったのですが、賃貸管理士のテキストを見たときは「18年かけて現場で積み上げてきたことがすべてこの本にコンパクトにまとまっている!」と感動しましたね。賃貸不動産業界で働きたいと思っているのなら、業務内容について包括的に知識を習得できる賃貸管理士資格を「お守り」として持っておくのはとてもいいと思います。業務の全体像を早いうちにつかめるため効率的に働けるだけでなく、実務の中で判断に迷うことがあったときも辞書を引くようにテキストが使えますので、非常に勉強する価値のある資格だと思います。

──現場経験が長い方にも、賃貸管理士はおすすめの資格なのですね。それでは、伊部さんが賃貸不動産業界に興味を持ったきっかけからお聞かせください。

​伊部 父が航空自衛官で転勤が多く、子ども時代からたくさん引っ越しを経験していたので、もともと「住まい」や「人の生活」についての関心は強かったです。日本各地に住みましたが、地域によって住環境の違いがあることが印象深かったですね。また、自衛隊の官舎を退去する際、当時住んでいたところは自分たちで襖の張り替えや壁の塗替えをしなければならなかったので、母を手伝いながらあれこれDIYをするのも楽しかったです。
 高校からは父が単身赴任となり、埼玉県に定住することになりました。大学ではゼミで消費者問題について学んだのですが、「生活者として、知らないと困ることがたくさんある」と気づきました。そこで民法も学んだので法律に興味を持つようになり、不動産についても学びたいと思ったので、大学卒業後に宅建士(宅地建物取引士。当時は宅地建物取引主任者)の資格を取得しました。

──働きながら勉強したのですか。

​伊部 就職活動をせずに大学を卒業したので、学習塾でアルバイトをしながら勉強しました。当時はバブル崩壊直後で、普通に就職活動をしても希望は通らないだろうと思い、前から興味のあった住宅関連の資格を取ったあとで、それを武器に不動産業界で働こうと思ったのです。宅建士資格の取得後にハローワークに相談に行ったところ、埼玉県の不動産会社を紹介され、入社することができました。

──入社後はどのようなお仕事をされましたか。

​伊部 お部屋を借りたい方に物件を紹介する仲介の仕事が中心ですが、地域密着の小規模な会社でしたので、人手が足りないときはあらゆる現場に駆り出されました。先輩に連れられて家賃滞納者への督促を手伝ったこともありますし、入居者から「洗濯機の排水が詰まってバルコニーから泡が溢れ、敷地内が泡だらけになってしまった」と連絡が来て、社員総出で掃除に行ったこともあります。賃貸物件の仲介、管理、さらに売買まで、不動産に関する様々な経験をしましたね。

自宅が競売に。家族を支えるために転職を決意

──その後ハウスメイトグループに転職された理由を教えてください。

​伊部 予期せず一家を支える役割を担うことになったからです。実は父が知人の商工ローンの連帯保証人を引き受けていたようで、相手に夜逃げされたために私たちの自宅が競売にかかってしまいました。家族が気づいたときには預金を引き出せなくなるなど大変な状態になっていたのです。父はすでに退官、母は結婚してからずっと専業主婦でしたので、二人姉妹の姉である自分が家族を守らなければならないと考えました。当時の会社には3年勤めていましたが、自社物件が少なく、他社物件の仲介手数料が主な収益源という他社ありきのビジネスモデルでした。家族を支えるには、経営が安定していて長く勤められ、成果がしっかりお給料に反映される会社が安心だと思い、自社管理している物件が多い会社、つまり賃貸管理会社を有するハウスメイトグループに転職したのです。

──不動産仲介よりも、不動産管理のほうが安定していると考えたのですね。

​伊部 はい。賃貸不動産管理の仕事は、毎月決まった手数料をオーナーの方からいただける、ストック型のビジネスです。件数が多いほど経営も安定しますし、何かあったときも直接オーナーの方とやりとりができるので信頼関係が築きやすいのが強みです。当時勤めていた会社のエリアにもハウスメイトがあって、実際にハウスメイトの管理物件をお客さんに紹介したことも何度もあり、古い物件でもリフォームがいつもきれいで、お客様に安心して紹介できる印象がありました。さらに、外から見ても会社組織がしっかりしていることがうかがえたので、「この会社で働きたい」と思い、2000年に転職しました。

──転職後は希望されていた仕事に就くことができましたか。

​伊部 それが、当時は女性で賃貸不動産管理の仕事をしている人はひとりもいなかったのです。家賃滞納督促、クレーム対応、退去時の立会い、敷金精算、リフォーム見積り作成など仕事内容が多岐にわたる賃貸不動産管理の仕事は、体力的にも精神的にも大変なことが多いため女性には難しいだろうという会社の方針により、私は南浦和駅の仲介店舗に配属されました。希望していた部門ではありませんでしたが、この会社で一からがんばろうと思っていたので前向きに取り組みましたね。取得すると手当がもらえる資格のリストも公表されていたので、「このリストにある資格を順に取得していこう」と勉強にも力を入れました。
 仲介営業の仕事は3年間やりました。自社管理物件が多い会社なので、お客様の要望が自社管理物件に合わない場合に、様々な方法で他社物件を探すやり方が当時はあまり浸透していませんでした。私はもともと自社管理物件が少ない会社で働いていましたので、条件が合う他社物件を探して紹介するようにしたり、当日見つからなくても探し続け「こんな物件が出ましたよ」と連絡したりしていたので、毎月発表される営業成績のランキングではいい位置をキープできていました。

──働きぶりが評価され、配属された店舗で店長に昇格されたそうですね。

​伊部 その頃はちょうど世の中で女性の活躍を推進しようという動きがあった時期でした。私の年齢も30代前半、他社からの転職で仲介営業のキャリアもそれなりに積んでいたところに、ちょうど直属の店長がエリアのマネージャーに昇格し店長のポストが空いたので、運とタイミングもよかったのです。ただ女性店長は全社的にとても少なく、特に首都圏の若手社員では例がありませんでしたので、周囲から「女性には務まらないのでは」と言われることもありました。悔しかったので、仕事で成果を出そうと思いました。

──どのようなことに気をつけてマネジメントをされていましたか。

​伊部 当時は残業も当たり前の時代でしたが、私はスタッフ全員が効率よく結果を出してみんなで早く帰れることがベストと考えていたので、スタッフごとの申込状況と当月・翌月・翌々月の売上予定をエクセルシートで見える化するなど、メンバーのモチベーションが上がるように心がけました。例えば1ヵ月後に竣工する新築物件の申込を取っても当月分の売上にはなりませんが、そういった従来では評価されにくかったがんばりもきちんと周囲から見えるようにしたかったのです。また、一度ご相談にいらっしゃったお客様が、後日改めて来店しご契約くださった場合の運用ルールも見直しました。お客様が再来店された日に、初日に接客したスタッフが休みというのはよくあることです。この場合は他のスタッフに接客してもらいますが、ここで契約いただいた場合の売上は、フォローについたスタッフではなく、初日に対応したスタッフの成績につけるルールにしたのです。すると「フォローしてもらったから今度は自分も恩返ししよう」といういいサイクルが生まれました。
 店長になる前は自分の成績だけ考えればよかったのがチーム全体を統括することになって、最初は不安でした。でも二番手の男性社員ががんばってくれたので、彼に現場を任せることで、数字を見られるようになりましたね。社員も仲がよく、同僚たちとはみんなで旅行に行くなど、学生時代の部活のような楽しさを味わいながら働くことができました。メンバーを育てることや経営のおもしろさがわかりましたし、昇格することで昇給もできたので、努力の成果が跳ね返ってきてうれしかったです。

賃貸不動産管理の仕事と不動産仲介との違いに悪戦苦闘

──不動産仲介の店長を2年経験されたあと、当初の希望だった賃貸不動産管理の部門に異動されたのですね。

​伊部 はい。仲介の仕事を8年経験したので、次のステップに移りたいと思っていた頃に「女性の管理担当を作ろう」という動きが社内で起こりました。ぜひやりたいと手を挙げたところ、渋谷区・目黒区・品川区という都心の約780世帯、毎月回収家賃が1億円を超える一等地エリアの担当になりました。
 実際に仕事をしてみて、同じ不動産会社の仕事でも、仲介と管理ではまったく違うことに驚きましたね。スポットで終わる不動産仲介の仕事と、賃貸契約の期間中もその前後もずっと続く賃貸不動産管理の仕事とで、仕事内容が違うのは当たり前なのですが、仕事の全体像をつかむのに1年くらいかかりました。
 実は私がこの部門に異動したのはちょうど消防用設備等の点検報告が多い時期でした。共同住宅では、火災の際に消火器や避難はしご、自動火災報知設備などの消防用設備等が正常に作動しないと人命にかかわることから、定期的に点検を行って管轄の消防署へ報告する必要があります。そのとき我々管理会社が専門業者に点検を依頼し、上がってきた報告書にオーナーの署名捺印をいただいてから消防署に提出するのですが、こうした報告が必要なこと自体知りませんでしたので、まず「この書類は何か」を理解するところから始めなければなりませんでした。単に書類を提出するだけではなく、消火器などの交換やその他消防設備の修理を行うよう指摘があった場合は、見積りを取ってオーナーの方と交渉し、修理や交換をする必要があります。消防用設備点検以外に、エレベーターや増圧ポンプなどの点検も定期的に行うことが法律で定められているので、次から次へと報告書を処理するような日々でしたね。
 こうした時期的な仕事もあれば、家賃滞納督促やクレーム対応、それに付随する各種立会いや見積り作成など、その都度対応しなくてはいけない仕事もあります。業務が幅広いので最初は仕事の全体像をつかむのが大変でしたね。当時は賃貸不動産管理に関するマニュアルや書籍がありませんでしたので、対応しなければいけない場面になったら、その都度先輩・業者の方・行政の方などに一つひとつ聞いたり自分で調べたりしていました。また、その頃は配属前の研修などもなかったので、どこまでが賃貸不動産管理の仕事かという定義もわからないまま、全体像も判断基準も把握できていない中で仕事をするのは、なかなか大変でしたね(笑)。賃貸管理士試験の勉強をしたことでようやく全体像を理解できたので、「もっと早く勉強を始めていたら仕事をスムーズに進められただろうな」と思いました。賃貸不動産管理の仕事に従事したいという方には、早いうちに勉強をして管理業務の全体像を把握しておくことをお勧めしたいです。

──入社時は「大変だから女性には難しい」とも言われていた賃貸不動産管理の仕事ですが、何か工夫した点はありますか。

​伊部 家賃滞納者への督促は、女性にできるのかと心配されがちな業務です。迫力では男性に及びませんし(笑)、私が男性社員のやり方を真似してしまったら、後に続く女性社員たちには広がっていかないので、特別なテクニックがなくても誰にでもできそうなやり方を心がけましたね。会社帰りにスーパーで夕食の買い物をして、ネギがはみ出たレジ袋を抱えた状態で、途中にある管理物件へ督促に立ち寄ったこともあります。気負わない雰囲気がよかったのか、意外にも警戒心がなく普通にお話しいただけることが多かったですね。私はもともと仲介営業をやっていたので、今滞納してしまっている方も、もともとは自分たちが部屋探しを手伝った方なのだという意識があり、特別に身構えなかったのがよかったのかもしれません。
 また、電話と手紙もよく使いました。どちらも家賃督促の常套手段ですが、私はとにかくまめに根気よく小さな約束を積み重ねるようにしていました。「何日に払えますか?」「何時ごろお振込に行けますか?」と細かく日時を刻んで約束して、実際その日時に入金してくれていたら「入金確認できました、ありがとうございます」とお礼の電話をし、まだ振り込まれていなかったら「入金が確認できませんが、お振込されましたか?」「いつお振込できそうですか?」などとすぐご連絡をしていました。電話が繋がらない方には現地に行って手紙を投函していました。滞納する方は繰り返す場合が多く、翌月のことも考えて対応する必要があるので、責めるのではなく、まめにしつこくコミュニケーションを取っていくことを意識したのです。すると相手も私のことを覚えてくれて、「払わないとまた電話が来ちゃうから払ったよ」と言ってくれるようになりました。また、滞納があった方の室内で給湯器などの設備が壊れた場合にも、相手に鬼の首を取ったような態度を取られることもなくスムーズに対応できるようになるなど、密なコミュニケーションは滞納督促以外の管理業務でも良い効果がありました。退去時に「あんたのお陰で立ち直れた、ありがとう」とお礼の電話をくださった方もいます。

女性初の管理支店長に就任。城東エリアの空室率改善が命題に

──賃貸不動産管理の現場で6年間活躍されたあと、会社で初めての女性管理支店長になりましたね。

​伊部 はい。担当したのは足立区・葛飾区など城東エリアの7区、ピーク時は約6千世帯、毎月の回収家賃は5億5千万円という大きな支店です。今は人気のあるエリアですが当時は空室率が高く、入居者を見つけるのにとても苦労していました。それまで担当していた渋谷区・目黒区・品川区といった都心のエリアでは、リーマン・ショックや東日本大震災で退去が相次いだときも、多少家賃を下げれば次の入居者が決まっていました。ところが城東エリアの支店長になって長期空室物件を調べたところ、300日以上も借り手がついていない物件があったのです。本来なら賃貸して収益を生むべきはずの物件が10ヵ月も空室では費用ばかりがかさみ、経営として成立していません。「一体どんな物件なんだろう」と見に行くと、駅から離れた1Kとはいえ部屋自体はきれいにリフォームされ家賃も相場並み。なぜそんな物件に借り手がつかないのか、真剣に考えなければと思いました。
 その頃の私は、不動産オーナーの方の資産コンサルティングや相続税対策もやってみたいと考えていたところでした。でも、空室があって家賃が入らず困っている状態で、相続対策も何もないだろうと目が覚めましたね。「まずは部屋を満室にする、空室対策が先だ!」と考え方をシフトしたのです。

──具体的にどのような対策をされたのですか。

​伊部 家賃の安い単身用物件に、新しい設備を次々取り入れることはできませんので、壁にアクセントクロスを入れて内装をカラーコーディネートするなど、部屋に独自性が出そうなことをやってみました。フラットな視点で改めて物件を見てみると、ゴミ置き場が汚れているとか、駅から遠い物件なのに駐輪場が狭くて自転車が出し入れしづらいなど、「借りてもらえない理由」も見えてきて、様々な対策を打てるようになりました。

──そうしてあらゆる面から「借りたくなる」を追求していく中で行きついたのがDIY賃貸の取り組みですね。

​伊部 はい。内装をカラーコーディネートして上手くいく場合もありますが、「違う色がよかった」「白いままでよかった」と言われることもあります。未来の入居者の好みを予測するのは難しいと感じ、「ならば入居者が自分の好みにできたほうがいいのではないか」と考えるようになりました。昔の賃貸物件は、壁に釘の穴が開いていたりフックがついたままだったりしてもそのまま貸していたのですが、敷金トラブルが社会問題になったことから敷金精算に関するガイドラインができました。よかった面もありますが、その反面で借主が賃貸住宅に手を加えることは悪いことという空気ができあがってしまいました。でも、古くなった物件の付加価値として借主が好みに合わせて手を入れていいとなれば、住まいを単に寝る場所ととらえている方ではなく、丁寧で良質な暮らしに関心がある入居者を集めることができます。そういう方はお部屋をきれいに使い、長く住んでくださるケースが多いので、オーナーの方も管理会社もうれしいwin-winの状態になります。ここから、建築基準法や消防法などに違反しないように関連法規なども確認し、入居者が安心して自由にDIYを楽しめる賃貸の企画を立てました。
 実は、不動産オーナーの方ともよく話すのですが、現代の賃貸経営にとって最も避けたいのは「退去」です。退去が出ることには3つのデメリットがあって、まず1つ目は「家賃が下がる可能性」です。2つ目は「リフォームの必要が生じる可能性」。そして3つ目は「賃貸収入ゼロとなる空室期間が発生する可能性」です。これらを避けるには長く住み続けてもらうための付加価値が必要ですし、やむをえず退去された場合でも、退去時に室内がきれいでリフォーム代があまりかからず、新しい入居者の方にも「古くても、高い家賃を払って住みたい」と思われるだけの価値があることが必要なのです。

──そうした「付加価値」の部分にDIY賃貸がうまくマッチしたのですね。DIY賃貸に入居を希望される方に、何か傾向はありましたか。

​伊部 想定通り、暮らしに対する感度の高い方が多かったです。センスよく家に手を入れて、きれいにお掃除して生活してくださいますし、社会性があって不動産オーナーや近所の方ともうまくやっていける方が多い印象でした。暮らしのセンスやマナーというのは人それぞれで、10年住んでも床がピカピカという方もいれば、2年しか住んでいないのにカビや汚れがひどい状態で退去する方もいます。上場企業にお勤めの方でも、退去時にお部屋がひどい状態の場合もあるので、収入では推し量れない部分です。この意味で、DIY賃貸の企画は「住まいに対する意識の高い方、丁寧に暮らしていただける方を求めています」というメッセージにもなっていますね。

子育て世帯と高齢化に悩む町会をつなぐ「コミュニティ賃貸」

──賃貸物件に付加価値をつける取り組みについて、他にも手掛けられた企画はありますか。

​伊部 2015年に東京都足立区西新井で、ハウスメーカーと組んで設計から地域コミュニティのある賃貸住宅の企画を担当しました。「PARCO CASA(パルコカーサ)」という物件です。
 始まりは50年続いた銭湯を廃業し、代わりに賃貸住宅を建てようとされているご一家からの相談でした。場所は町会の活動がとても盛んなエリアでした。地域の人が日常的に声をかけ合い、お祭りなどのイベントも定期的にあるのですが、少子高齢化が進み、町会活動の担い手が少なくなってきたことに悩んでいらっしゃいました。
 一方、私にも長年不動産管理の仕事に携わる中で「子育て世帯が安心して住める場所がない」という問題意識がありました。管理会社に寄せられるクレームで多数を占めるのが「子どもの出す騒音」です。赤ちゃんの泣き声や子どもの足音など、仕方のないことではあるのですがそれが原因でトラブルになり、結果的に子育て世帯が退去するケースも少なくありません。それらをもとに「子育てを応援する賃貸住宅を作り、地域ぐるみで若い夫婦や小さい子どもを歓迎すれば、町会の皆さんが望んでいる地域コミュニティの担い手となる人たちを集めることができ、町の人も喜ぶはず」と考え、企画を進めました。
 最初は「下町エリアなので足立区周辺の人しか来ないのでは」と言われていましたが、フタを開けてみると、半数以上の方が区外からこの物件を選んでくださっていました。「都内に転勤が決まったが、地元にいたときのようなご近所づきあいのある場所で子育てをしたくて」とご契約くださったご家族もいます。家賃は近隣に比べ高めですが、瞬く間に人気物件となりました。竣工から7年半経ちましたが、家賃は1円も下がっていません。転勤や住宅購入に伴って入居者の入れ替わりはありますが、退去前に次の申込が入ることも珍しくありませんし、皆さんとてもきれいに住んでいらっしゃるので、退去後にすぐ内見できるような状態で明け渡してくださいます。イベントの際は退去された入居者さんも遊びに来てくれて、長い交流が続いているようです。

──賃貸不動産管理業務の特徴ややりがいはどこにあると思いますか。

​伊部 多くのビジネスでは、自分はお客様と相対の関係だと思います。でも賃貸不動産管理の場合は「不動産オーナー」と「入居者」の異なる二方向の関係が同時にあるところが特殊だと思います。「不動産オーナー」と「不動産管理会社」と「入居者」の三者間でお金が回るので、どちらの利益も守れるようにしなければなりません。また、昔はコンプライアンスが今ほど重視されていませんでしたが、それではもう通用しません。違法性がないよう気を配りつつ進めていく、とても高度な仕事だと思います。想定外のトラブルも日々起こりますが、自分の中に判断基準となる拠り所があれば安心ですね。私の場合はそれが資格の知識だったと思います。不動産管理担当時代にはTACと協力して会社を挙げてFP資格取得に挑戦する取り組みも行われていました。社員の働くモチベーションや業務スキルが底上げされて、とてもよかったですね。知識を身につけるほど、お客さんから感謝されたり、いい企画を思いついたりする場面も増えるので、やりがいがあります。

入居者もオーナーも高齢化。安心して暮らせるしくみを作りたい

──現在のお仕事や、これから取り組みたいことについて教えてください。

​伊部 世の中の状況や価値観の変化によって生じる課題の解決に取り組んでいきたいですね。管理支店長のあとは管理契約受託営業に4年携わり、現在は管理物件オーナーの方の相続や資産承継のコンサルティングを担当しています。管理担当者と一緒にご自宅にうかがってご相談を受けることが多いのですが、超高齢化社会で不動産オーナーの方の認知症の問題が深刻になっています。認知症になって意思能力を失ってしまうと、修繕や売却に支障が出たり、遺言が書けなくなるために遺産分割で揉め事が発生してしまったりするケースもあります。また、賃貸経営を法人化したものの、ご家族に相続が何度も発生し、疎遠な株主が増えて経営に支障が出ていたり、不動産の登記名義が被相続人の先代から変わっておらず相続手続きが煩雑を極めたりといったように、相談内容が複雑化しているのも特徴です。初回相談時には不動産オーナーの方の悩みも漠然としていることが多いのですが、しっかり話をお聞きしていくと色々な問題点が見えてくるので、内容に合わせて税理士、司法書士、社会保険労務士など専門家の協力を得ながら進めるようにしています。
 それから、建物の寿命より人間の寿命のほうが長い点は忘れられがちですので、だからこそ「今ある建物をどうするか」と考えるのではなく、「自分が亡くなったあと子どもたちに継いでもらうにはどうすればよいか」「自分の代で賃貸経営を手仕舞う場合は何をすればいいか」といった「人主体」の考え方が大事ということは、常にお伝えするようにしています。
 今、問題意識のひとつにあるのは、高齢者が賃貸住宅を借りにくいという問題です。入居者の方が認知症を患って他の入居者の方とトラブルになったり、契約中の物件で孤独死が起きてしまったりすることを警戒する不動産オーナーの方は多いです。高齢入居者の方と不動産オーナーの方の双方が安心できるしくみを作るために、いざという場合の連絡先を複数確保しておく、ケアマネジャーの方と連携するなど、管理会社ができることはたくさんあると思います。こうした課題については、現在、各業界団体でも解決策を検討しているところです。

──時代とともに生じる価値観の変化や新たな課題にも対応していくのですね。最後に、不動産業界でキャリアを模索中の方や資格取得をめざす方へメッセージをお願いします。

​伊部 私は未経験から不動産業界に飛び込みましたが、宅建士の資格だけは持っていました。年齢が若くても、名刺に資格の肩書があるだけで、初対面のお客さんから「君、資格を持っているんだ」と一目置かれ、自信を持って応対できるようになります。経験不足な部分があっても、資格が補ってくれるのです。宅建士のあとも、FPや賃貸管理士など複数の関連資格を取りましたが、一つひとつが仕事やプライベートに役立ち、自分自身を守ってくれたと実感しています。
 働きながらの勉強は時間の確保に苦労される方が多いので、これから就職や転職活動をする方は早めに資格を取得するほうが効率がいいと思います。特に賃貸管理士のような実務に直結する資格は、仕事で必要な幅広い知識をコンパクトに体系立てて学べるので、取得しておくと仕事に就いたときにも大いに役立つと思います。
 それから、従来持ち家志向の風潮が強かった日本では、財産の中に不動産を持っている方は多いですし、今現在、不動産をお持ちでない方でも、いつ相続するかわかりません。自宅として使っていた建物を将来賃貸する可能性もあるという意味で、この国のあらゆる人がお客さんになり得ますし、知識を持っていることでたくさんの人の力になることができると思います。ぜひチャレンジしてみてください。

[『TACNEWS』 2022年9月号|特集]

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