日本のプロフェッショナル 日本の行政書士|2022年4月号
小倉 純一 氏
株式会社トラスティルグループ
行政書士法人トラスティル
グループ代表 代表行政書士
小倉 純一(おぐら じゅんいち)
1981年、栃木県真岡市生まれ。2002年、大学3年時に行政書士試験合格。2003年3月、早稲田大学社会科学部卒。2003年4月、みずほフィナンシャルグループ(みずほ信託銀行)入行。2007年3月、駿河台大学法科大学院修了。2007年4月、行政書士として独立開業。2015年、行政書士法人トラスティルに組織変更。株式会社トラスティルグル-プ代表取締役を務める。
新しい分野の仕事が次々に増え、
様々な専門分野で活躍できるのが行政書士の魅力です。
法科大学院を修了しながら法曹の道に進まず、行政書士として独立開業。その後、行政書士法人、弁護士法人、税理士法人、海事代理士事務所、司法書士事務所を束ねたトラスティルグループを創設した行政書士の小倉純一氏。個人としては「金融×起業支援」を軸足にし、経営者としては「士業のサービスをより利用しやすい形で世の中に提供するためのしくみ作り」という大きなミッションを掲げている。リーズナブルなワンストップサービスを提供することにこだわり抜いてきた小倉氏の歩みと今後の展望についてうかがった。
大学の起業支援講座をきっかけに金融に興味
高校まで栃木県真岡市で過ごした行政書士の小倉純一氏は、歴史が大好きな少年だった。高校2年までは歴史学者になりたいという思いを持っていたが、一方で、社会を動かす政治家や経営者、法律資格を活かして活躍する専門家などの道への憧れもあった。
「歴史を研究する学問の道を選ぶか、政治や経営を学び俗世間で活躍する道を選ぶか……。悩んで、“俗世間”のほうに行こうと決めました。それなら国立大学ではなく人が集まる東京の私立大学がいいだろうと思い、早稲田大学を選びました」
自称「メインストリームから微妙に外れたところを歩んでいくタイプ」。子どもの頃から「国立大学に行って、学校の先生か公務員になりなさい」と両親から言われていたのに、このときも両親の反対を押し切って早稲田大学の社会科学部に進学した。
大学時代は「よい社会とは何か」「どうすればそれが実現できるのか」について真剣に考えて行動を起こしていた。課題解決の糸口の1つは法律系資格を取ること、もう1つは政治家について学ぶことだった。そのためにいろいろな勉強、様々な議論もして、優れた人物がいれば会いに行った。大学1年では「雄弁会」という政治家を多く輩出するサークルに所属し、国会議員の学生秘書も経験した。しかし大学2年になると政治の道からは離れ、今度はベンチャー経営に興味を持つようになった。
当時早稲田大学は起業支援に力を入れており、ベンチャー企業の経営者を講師に招き、学生や社会人を対象にした講座を開いていた。学生以外に外部から金融業界の社会人が多く参加し、小倉氏はそこで出会った人たちに影響を受け、次第に金融に興味を持つようになった。
「弁護士資格を取れば、将来どんな道に進んだとしても知識を役立てられるだろう」と考えていた小倉氏は、これらの活動と並行して司法試験の勉強も始めた。ただ、多忙な中で試験勉強の両立は難しく断念。結局試験を受けることはなかったが、一定の知識を得る勉強をした証として大学3年のときに行政書士試験を受験し、合格することができた。当時はまさか行政書士を生業にするとは思ってもいなかったという。
「そんな経緯で受験したので、行政書士の仕事内容もよく知りませんでしたし、ましてやこの資格を手に独立しようという考えはまったくありませんでした」
大学3年のとき、小倉氏は信託銀行一本に絞って就職活動を始めた。
「金融の勉強はおもしろいなと思っていましたので、卒業後も金融の知識を活かせるような仕事をしたいと考えました。一口に金融と言っても、やりたかったのはお金の貸借ではなく、当時あまり知られていなかった信託です。今後の高齢化社会を見据えれば金融の世界で必要になってくるのは信託だと考えて、あえて就職活動においては国内でも数えるほどしかない信託銀行だけに絞って活動しました」
そんな狭き門である信託銀行にターゲットを絞れた理由には、大学院に進学する道も選択肢に残していたことも影響している。
「大学院でもっと専門的に学びたいという思いもありました。ですので、内定が出たら信託銀行、出なかったら大学院に行こうと考えていました。結果として、みずほ信託銀行から内定をもらえたため、就職の道を選びました」
信託銀行に勤めながら感じた焦り
大学卒業後、みずほ信託銀行本部では、主に上場企業の株主名簿管理等を担う、証券代行業務に携わることになった。採用の段階で「本部での専門的業務」を約束されていたことも、みずほ信託銀行を選んだ理由の1つだ。しかし小倉氏は、この信託銀行をあっさり退職してしまう。
「入行時から、将来は独立して起業したい、金融に強い法律家になりたいという考えがあったので、いずれ法科大学院に進学することも視野に入れて信託銀行に入りました。もちろん数年間の実務を経験してからと思っていましたが、同じ寮にいるみずほ銀行の支店配属の同期が毎日終電まで仕事をしているのを見て、自分は短期間で成長したいのに、自分の仕事はきつくないし時間的にも余裕がある。『こんなにのんびりしていていいのか』という焦りを感じました」
もう一つ小倉氏の退社を早めた原因に、当時導入の検討が進められており、2009年に実施された株券の電子化があった。
「2003年入社の私が勉強したことの多くは、紙の株券だから起こり得る問題解決と対処です。今自分が身につけているスキルはあるとき突然価値がなくなってしまう。そんな取り返しのつかない20代を過ごすよりも、早く法科大学院に行ったほうがいいのではないか。そんな焦りもあって、法科大学院に進学するため、信託銀行を去ることにしました」
やりたいことは行政書士資格でできる!
金融業には銀行業務、証券業務などいろいろな分野があるが、小倉氏が興味を持ったのはその中でも金融業界のライセンスの部分だった。そこで小倉氏は元金融庁長官が研究科長を務め金融に力を入れていた駿河台大学法科大学院に進学を決めた。弁護士や検事をめざす仲間が大勢いる中、授業でどんな法曹になりたいか問われ「私は金融の許認可専門弁護士になりたいです!」と勢いよく答えると、周囲はポカンとしたという。やはりメインストリームからちょっと外れたところを歩みたがるようだ。
そんなある日、がく然とする事実を知った。専門性が高い金融の許認可は間違いなく弁護士の領域だと信じて法科大学院に入ったのだが、その業務が行政書士でもできることがわかったのだ。「司法試験に受かってこの業務をやろう!」と思っていたのに、すでに自分が持っている行政書士資格があればできる。肩透かしを食らったような気分だった。
「金融の許認可は高度な知識が必要で、行政書士試験の勉強では直接役立つ知識は扱いません。でもそういった分野までが行政書士の独占業務になっている。こういった守備範囲の広さが、行政書士のおもしろいところであり、魅力だと思うのです。大学院で最初の2年間は司法試験を目標に猛勉強していたのですが、この事実を知って司法試験をめざすことに迷いが出始めました」
悩んだ末、大学院3年目に入ると、司法試験は受けず、修了後は行政書士として金融の許認可業で開業することを決心。小倉氏が法科大学院を修了する2007年の9月に金融商品取引法(以下、金商法)が施行されることが決まり、行政書士のニーズが高まると予想できたことが大きな後押しになったという。
「金商法関係の申請・コンサルティングをターゲットにやっていこう」
そこからは独立後の実務のための勉強に力を入れた。金融に強い法科大学院だったので、普通はない銀行法や保険業法の講義を始め、学習内容が充実していたことも追い風になり、小倉氏は着実にこの分野で必要な知識を身につけていった。
金商法の施行が独立開業の追い風に
2007年3月、小倉氏は法科大学院を修了し、翌月、行政書士として金商法関係をターゲットに独立開業した。金商法が同年9月30日に施行されたとき、金商法を取り扱う行政書士はまだ皆無に近かった。小倉氏は施行によって有価証券の発行や売買に関する様々な規制がされる中、金商法絡みの申請・コンサルティングを業務の中心に据えて、ファンド組成や金融商品取引業者の設立や運営サポートで先鞭をつけた。
そして金商法関係の他にもう1つ、小倉氏が開業後にやりたいと思っていたことがある。学生時代から興味を持っていた起業支援だ。大学でベンチャー企業についても学んでいたので、その知識も活かして金融と起業支援の2本柱でやりたい。願わくはそれが重なった「金融×起業支援の領域ができると一番良い」という思いがあった。それこそ数多ある行政書士事務所でも取り扱うところの少ない、ニッチで専門性の高い分野だ。
とはいえ小倉氏のキャリアは約1年の信託銀行勤務だけで、行政書士としての実務経験はゼロ。その不足部分を小倉氏はどうやってカバーしたのだろうか。
「法科大学院を卒業するときに仲の良い友だちから『卒業したらどうするの?』と聞かれて『実は行政書士として開業する予定で、今はその準備中だ』と話しました。すると彼が『じゃあ仕事を依頼するよ』と言ってくれたのです。登録完了後、すぐその仕事に取りかかりました」
さらに、大学時代に知り合った社会人とのつながりもプラスになった。
「ファンドを設立したある経営者の方から、金商法によってこれまでのように自由にファンド組成ができなくなると悩んでいることを聞いて、いろいろ話をうかがって調べていくうちに解決の糸口が見えてきました。『これなら対応できます』とお話ししたところ、同じようにファンド組成で悩んでいる方を紹介してくれて、そこから顧客数が増えていきました。ですから独立開業奮闘記によくあるような、ゼロスタートで仕事を取るのに半年~1年大変な努力をしたという経験はありません。ご縁に恵まれ、良いスタートを切れました」
こうして事務所は、金商法関係の許認可を軸にファンド組成や金融商品取引業者の設立や運営サポートの領域で課題解決に乗り出した。他にはないこのサービスで、大きな一歩を踏み出したのである。
各士業の法人化からトラスティルグループ創設へ
小倉氏は学生時代から「経営者になりたい」と考えていたが、特に世の中を良くするため「法律サービスをもっと利用しやすい形で世の中に提供したい」という強い思いがあった。金融の許認可という自分の専門分野を極めていくことよりも、もっとスケールの大きなミッションに、小倉氏はどう挑戦していったのだろうか。
「法科大学院では実務的な裁判や法律相談を授業で経験しましたが、私は紛争に現れる関係者の苦悩を受け止め過ぎてしまうため、苦しく、向いていないという自覚がありました。でも、直接自分がやらなくても、弁護士と協業していけば、弁護士のサービスを提供できるということに気づいたのです。だからこのミッションを達成するために、いろいろな士業サービスをワンストップで提供するしくみを作り支えていきたい。そう考えるようになりました」
まずは守備範囲が広い弁護士と手を組み、お客様にシームレスにサービスを提供していくしくみを作りたい。独立する前から小倉氏が描いていたこのビジョンを叶えようと、2009年12月から法科大学院時代の仲間の弁護士と一緒に仕事をすることにした。協業といっても、当時は同じ場所で協力してやっている程度だった。
「そこから徐々に仲間を増やし、2010年には経営も事務所の名前もバラバラではありましたが、一応はグループとして税理士、社会保険労務士、司法書士とも協力関係を作りました。そして翌年行政書士事務所と弁護士事務所の名称を同じ『トラスティル』にしたことを契機として他の士業組織についても徐々に名称も統一していきました。まだ法人化前ですので個人事務所の状態で屋号だけを揃えた形ですね。
そのあとは順次、業務周りの細かなことも少しずつ統一していき、弁護士、行政書士の法人化が完了したのが2015年頃です。2019年の税理士法人トラスティルの設立を終えたのが、グループ化に至るまでの大きな流れです」
「トラスティル(trustill)」は、trust(信じる、信頼、結びつき、信託など)とtill(~まで)をあわせた造語で、期限を意味するtillの後ろに置かれる言葉がないことにより、「永遠の信頼」を表わしている。
現在スタッフは、提携先のメンバーを除いたトラスティルグループ全体で30名、行政書士法人単体で約20名、うち行政書士が4名、試験合格者も数名いる。
小倉氏個人の業務は、金融業界はもちろん、公益社団法人や公益財団法人の立ち上げと運営にも強みを持つ。法人全体としては金融と起業支援が2本柱ではあるが、「許認可を全体的にカバーした、かつ専門的にサポートできる事務所が業界内に意外に少ない。そういう機能を世の中に提供していきたい」という小倉氏の思いから、「許認可のよろず相談および管理」を受けられる法人をめざす方向に舵を切ることにした。
拠点展開によってリモートワークがさらに充実
「法律サービスをより利用しやすい形で世の中に提供したい」という思いを一番大切にしている小倉氏は、広範囲にサービスを提供できるように、2016年の栃木県を皮切りに大阪市、岡山市2ヵ所、福岡市と全国に拠点を作り始めた。すでにそれぞれの地域で地盤を持つ事務所と統合する形で拠点展開を進めていき、金融を柱にしつつ、よろず相談屋としてそれ以外の業務も網羅していくことが狙いだ。
「特に2021年夏に統合した岡山市の行政書士事務所は、倉庫などを含む運輸関係、医療法人、補助金や融資関係と、まったく私たちとは異なる領域を扱う事務所だったため、統合によって取り扱い業務を大きく拡充することができました。単に拠点を増やしていくのではなく、扱える業務の幅も広げることができたので、統合はとても良い選択だったと思っています」
拠点展開によってさらに拡充したのがリモートワークだ。
「以前からワークライフバランスの実現を推進してきましたので、子育て中や病気療養中でフルタイムでの出勤が難しいなど、いろいろな制約がある中でも働きたい人を採用してきました。彼らが最大限働ける事務所にしたいと考えて、コロナ禍前の2015年頃からすでにリモートワークやフレックス制度を始めており、その併用によって積極的に多様な勤務形態を採用してきた経緯があります。
そして初めて栃木県に拠点展開した際に、離れた場所からオンラインでコミュニケーションを取るノウハウを得たことが、リモートワークを一気に推進するきっかけとなりました。栃木と東京で連携を取るために拠点間をZoomでつなぎ、お互いの様子を確認できるようにしたのですが、これがうまくいきまして。自宅と事務所も同様につなげれば仕事ができるだろうと思い、さらにリモートワークへの取り組みを加速させました」
今後の展開としてもっと幅広くサービスを提供するために全国津々浦々に拠点を増やしたいとは考えていないという。また、様々な分野を扱うようになってもあくまで自分たちのメインターゲットは、これから起業しようというベンチャー企業や成長中のベンチャー企業。そして彼らが必要としているサービスを、起業支援をグループの1つの柱として、ワンストップで提供していくことが1番のミッションなのだという。
「ですから、業務としては幅広く、お客様のターゲティングとしては絞っていく。そういう展開を意識してやってきていますし、これからもやっていくつもりです」
大企業を対象としたサービス提供に挑戦
行政書士業界の中で法人としてサービス提供していく中で、小倉氏はあることに気づく。個人事務所の多い行政書士業界では、中小企業向けにサービスを提供している事務所がほとんどで、大企業対象のサービスを提供できる事務所があまりないということだ。
「大企業は許認可案件をたくさん持っていますが、許認可案件を管理している担当者が異動してしまうと、その許可を維持する方法が、会社もよくわからなくなってしまうという課題がありました。こうした課題を総合的にカバーし、アドバイスするサービスはまだ提供されていません。加えて、大企業のマーケットに行政書士はまだまだ参入する余地がある。私たちもまだ小さい法人ですが、個人事務所が圧倒的に多い行政書士業界の中では、私たちは相対的に見れば大きなほうと言えます。ですので、今まで蓄積してきたノウハウを活かして、今後は大企業向けサービスの提供にも挑戦していきたいのです」
行政書士開業準備をしていた頃、FX会社を立ち上げようとして許認可の申請に苦労していた知人から「金融の許認可の専門家なんていないよ」と言われたことがある。そのときから小倉氏は「こういう言葉が出てこないようにしたい」という思いが強い。「行政書士は専門性という意味では強いが、全体を俯瞰できるオールラウンダーが少ない。だからこそ『専門家が集まって様々な分野をカバーしています』と言える事務所を作りたかった」と、小倉氏は語気を強める。
自己の責任において意見を交わせる風通しの良い会社
金融と起業支援を軸に、対象は絞り、幅広い業務領域をカバーする。そんなトラスティルグループでは、幅広い専門分野をカバーできるポテンシャルの高い人材が必要になってくるだろう。小倉氏に求める人物像について聞いてみた。
「私たちは細かいところまで縛りつけません。だから上から言われたことをやりますではなく、任せるからそれに応えて自分で行動してくれる『自立した人』であることが1つです。もちろん各々専門性は磨いてほしいですが、グループ内にいるいろいろな専門家同士、みんなで連携してお客様の課題解決に取り組んでほしいと思います。ですから柔軟に広い視野で全体を見渡せるようになってほしいですね」
これまで資格の有無に関わらず人物重視で採用してきた。そこは今後も大きく変わることはないという。法人内にはパートスタッフとして入社してから勉強を始め、資格を取得して正社員になり、行政書士登録したあとに法人の社員(役員)になったスタッフもいる。がんばれば入社後、資格者として活躍する場も用意されているし、社内には応援する環境が整っているという。
他にもトラスティルグループの風土を物語る、こんなエピソードがある。あるとき、ダイビング好きな女性スタッフがレジャー関係の許認可の仕事をしたいと言って海事代理士の資格を取得した。レジャー関係の許認可は、遊漁船などが水産庁の管轄なので行政書士の領域だが、海のレジャーに関する許認可は国土交通省や都道府県の管轄で海事代理士の領域になる。「陸も海も両方カバーできるようになりたい」という思いを持った彼女の海事代理士取得がきっかけとなり、海事代理士事務所トラスティルが設立されたのである。
それを見て、小倉氏は自身も海事代理士を取得したという。「自分の強みとは関係ない資格だし、特に海と縁のない土地に生まれたので個人的には海に思い入れはないのですが、スタッフがやりたいと言う分野もうまく取り入れながらグループの発展に貢献できればいいなと思って取得しました」と、小倉氏はうれしそうに語る。組織の風通しが良く穏やかな雰囲気なのがうなずける逸話だ。
「目先の利益にならなくても、事業を通じて人を育てることにこだわっていきたい」「スタッフ一人ひとりが専門家としてお客様に評価されるような付加価値の高い人材であってほしい」。どの言葉からも、小倉氏からスタッフへの思いやりが伝わってくる。それは、学生時代から考えていた「良い社会とは何か」を「良い会社とは何か」と置き換えて追求してきた結果に他ならない。「自由が最大限尊重され、自己の責任において意見を交わせる風通しの良い会社」を作ること。リモートワークやフレックス制度も、人材採用にもこの発想が活きている。こういった風土がスタッフに物理的精神的な幸せをもたらすだけでなく、ひいてはお客様に満足してもらえるサービスの提供につながると、小倉氏は信じている。
想定していないような新たな分野の仕事が増えていく
行政書士の魅力を語り始めると小倉氏の話に熱が入る。
「私自身、金融を専門に取り組んできましたが、行政書士は金融専門の資格ではありません。2007年の金商法改正を契機に私が新しい業務に取り組んだように、毎年国会で法改正がなされると、想定していなかった新しい仕事が自然に増えています。しかも誰もやったことのない仕事をやるときは、登録したての新人行政書士もベテラン行政書士も、スタートラインはほぼ一緒です。このように各々が様々な専門分野で仕事ができる点が行政書士の良いところだと思います。
例えば私たちは電気事業法改正のタイミングで小売電気事業の許認可も取り扱い始めたのですが、この分野に関しては現時点でうちの事務所が日本一です。なぜかというと私の知る限り、他に扱っている事務所が1つもないからです。
同じように、まだ誰もやったことのない仕事が、これからもどんどん生まれていきます。その中から自分の強みをうまく活かせる分野を探してください。これまで生きてきた中で経験したことが活かせる分野が必ずあるので、それをうまく見つけてほしい。行政書士はそんな可能性に溢れた資格なのです」
AIなどによる自動化によって資格の独占業務である手続き業務も含め、人間がやる業務が減ってくると危惧されている。
「おそらくそれは現実となるでしょう。しかし、膨大な行政書士業務の中には、自動化可能な定型の手続き的業務だけではなく、人間のノウハウが重要となるコンサルティング業務もたくさんあります。そちらに軸足を置いていけばいいのです。
私は、お客様が行政書士に依頼する仕事には2種類あると思っています。それは『自分でできないから頼む部分』と『できるけど面倒くさいから頼みたい部分』です。後者は煩雑さがネックなだけですから、単価も低いことが多い。だからこそ自動化させることにメリットがあります。AIに頼ることで、私たちは行政法を勉強した行政手続きの専門家としての本質を活かせる仕事に集中できるようになるのではないでしょうか。そしてそこに集中することで、取り扱う分野の幅も横に広がって増えていくと思っています」
「行政書士は、今後ますます魅力的な資格になっていくと思う」と語る小倉氏。大事なのは、自分で自分の専門分野を見つけること。それができる人にとっては試験の難易度的にも最もお得な資格だと主張する。
「伝統的な建設業許認可や入管業務といった、多くの方がやっている独占業務はあるけれど、必ずしもそれだけが行政書士の仕事ではない。行政手続数だけで1万はあると言われていますから、自分に合ったものを見つければいい。最近では独立開業しなくても、勤務行政書士として働く道も選択肢として拓けています。独立に向いていないと思えば組織の中で知識を活かして働く道もあるわけです」
多くの人に、魅力溢れる行政書士にぜひ興味を持ってもらいたいと、小倉氏は願っている。
[『TACNEWS』日本の行政書士|2022年4月号]